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2007年 06月 18日
日本は梅雨の真っ最中でしょうか。ケルンも、時折はげしい夕立があったり、
カァーと日が照りつけたり、一定しない天気が続いています。毎日、やることが 多く、気ぜわしい日々を送っていますが、ちょっと暇を見つけてケルンの Floraを歩いてきました。 自然の中をぶらぶらするだけで、気分が爽快になります。 これは、西洋でよく見かける野草で、日本で見たことがなかったもの。 セリ科 アトランティア属 ヨーロッパ原産 ![]() Astrantia major 白とピンクの 2種類 あります。 薬草園によく植えられているので、薬効があるのかもしれません。 (英語:Great masterwort) 大阪府立中央図書館には、19世紀に出版された『薬用植物図譜』という 19世紀にドイツで出版された貴重書を所蔵していて、その克明な図をネット上 で見ることができます。(すごいことですね!)この植物も確認できました。 ![]() ピンクの種類に テントウ虫の 仲間、 Pinselkaefer が蜜をすって いました。 ![]() 同じく、ヨーロッパ原産 オドリコ草の 仲間にも、 別の種類の テントウ虫が いました。 こちらは、 Kartoffer kaefer (ジャガイモ テントウ虫)。 シソ科 オドリコソウ属 Lamium maculatum ( 英語:Spotted Dead-nettle) 花を撮っているとついでに、小さい虫も撮ってしまうことがあります。日本で よく見かける赤や黄色の体に黒の点々があるテントウ虫も多いですが、 それ以外のものにもけっこう出会います。儲けものをした感じ。 面白いけど、鳥の世界や虫の世界も奥が深いので、クワバラ、クワバラ・・・。 一応、野草界に限定しておかないと、大変なことになります。 2007年 06月 17日
ドイツに住むようになってから、気づいたモクレン科の花、2つ。
この木は、チューリップの木、ユリの木、袢纏木(はんてんぼく)等、いろいろな 呼び名をもっている。日本でも出会っているはずだが、なにしろ大木なので、 普通は花が梢ちかい所に付き、地上からは見えにくい。 ![]() ライデンの植物園の入り口を入ったすぐ左に、大木があり、私の目の高さに 花が咲いていた。ヒスイのような薄みどりに、オレンジ色のぼかしが入って いる。 この木の葉の形が袢纏の形なので、袢纏木と言うとものの本に書いてあるが、 確かに丈の短い着物のかたち。秋になると、まばゆいばかりの黄金色になる。 ![]() もう一つの木は、名がよくわからないが、オオヤマレンゲの種類でないか、と 思う。比較的低い木の葉の影に隠れるように下向きに咲いていた。オオヤマ レンゲと違うのは、しべの色が紅色ではないこと。紅色なら、間違いないの だが、やや濃い黄色のしべが見えた。(直径、7,8センチ) どなたか、わかれば教えてください。これもライデンの植物園の日本庭園の奥の ほうで出会った。慎ましやかで、清楚な花だった。 ![]() この植物園がいつごろできたか、はっきりしないが、1575年ごろ(長篠の戦のころ?) という説がある。 温室脇にあるイチョウの大木は、1785年に植えられたと書いてある。ということは、 樹齢222年以上ということになる。シーボルトが種を持ち帰ったという説が あるが、シーボルトが生まれる前からその木はライデンにあったことになる。 枝がずっしりと枝垂れて地面に触れていた。その他にもブナ、コーカサスサワグルミ の大木があり、木の下に憩う人々をまるで、緞帳のようにすっぽり包み込んでいる。 写真は、運河のほとりに茂るイチョウの老木。 袢纏木は、Liriodendoron tulipifera 学名にLirio ユリと、tulipチューリップの 字が見える。 オオヤマレンゲの学名には、Magnolia sieboldii シーボルトの名が 見える。いずれも モクレン科 2007年 06月 15日
Exciteの不調が、一応おさまったので、ほっとしました。
![]() 先日、 ローカル線で オランダの 小さな町々を 訪ねたとき、 鉄道線路の 沿線で、赤い ものが ちらちらして いました。 ヒナゲシです。 与謝野 晶子ふうに言うと、コクリコ(フランス語でヒナゲシ)。 ああ皐月 仏蘭西の野は 火の色す 君も雛罌粟(コクリコ) われも雛罌粟 晶子の表現は、大胆で若々しく、心が晴れ晴れとしますね。 オランダの鉄道の色は、この写真のような、鮮やかな黄色と青です。 鉄道も駅舎も、みんなこの色が基調になっていて、だれの目にも明瞭です。 列車は時刻通り、車内は清潔。ドイツの鉄道(DB)、よく見習うよ~に。 ![]() いろいろな Blogerが すばらしい アジサイの 写真を見せて くださっています。 六月の花と 言えば、 やっぱり アジサイ。 地味な花ですが、大好きです。 シーボルトとアジサイ ライデン(Leiden)の植物園で見たアジサイ。シーボルトの像を 取り囲むように植えられていたものです。シーボルトは、日本原産のこの花を 殊に愛し、奥さんの名(楠本 滝)から、オタクサ(お滝さんのニックネーム)と 名づけたというエピソードがあります。シーボルトが命名する前にすでに、 学名が登録されていたので、オタクサ は採用されなかったということですが、 彼がこの花を、地味な日本女性のイメージとして感じていたとは、とても興味 深いことです。ボタンとか、ユリとかではなく、細かい花(実際はガク)の 集合花であるアジサイに心を寄せたとは・・・。 シーボルトの記念碑は、赤い築地塀に囲まれた四阿(あずまや)の奥に 建っています。背景の赤みは、その築地塀の色です。 アジサイ Hydrangea macrophylla ユキノシタ科アジサイ属 2007年 06月 12日
![]() Exciteがとても 重くて、重くて・・・。 コメント一つ書くのも 大変です。 14日には、一時停止 するそうなので、 私も更新をしばらく 休みます。 この実は何でしょう? 田舎で育った人なら、 ご存知。桑の実です。 いま、あまり見かけませんね。 6月7日 ライデン大学植物園で。 クロウタドリが実をついばんでいました。 懐かしい味がしました。 2007年 06月 11日
2泊3日のオランダ小旅行の最後に、もう一つの町を訪ねました。 ロッテルダムからケルンへ帰る列車まで、まだ3時間ほどあるので、 近くのゴーダ(Gouda)に行くことにしました。 あのゴーダ・チーズのゴーダです。荷物をロッカーに預けて、鈍行で 20分ほど。小さな町かと思っていましたら、マルクト広場には、人が いっぱい。土曜日の午後とあって、たくさんの買い物客で賑わっていました。 ![]() ケルンに持って帰りたいような、新鮮な魚、野菜、果物を、横目で見ながら 買い物はあきらめて、聖ヤンス教会のほうへ歩いて行きました。オランダで 一番縦長の教会とか、内部のステンドグラスは、精密で見事なものでした。 (残念ながら、撮影は禁止) ![]() 市長舎の窓の扉が真っ赤で、カリヨンのある塔の仕掛け時計からかわいい人形 が飛び出してきます。売り子の呼び声、買い物客の喧騒の中におりますと、 この町が、チーズの集積地として中世から豊かな商業都市であったことが実感 できます。 ![]() 1668年という年号が 刻まれたチーズ計量所 では、昔風の巨大な 天秤ばかりが置いて ありました。 そこのおじさんに、 あなたの体重を量り ましょうか、と言われ ましたが、それは お断りして、 ゴーダ・チーズの 小さい玉を買って みました。 チーズの中では くせがなくて、 おいしいものです。 駅に戻ろうとしたら、バス停の前に、買い物荷物をかかえた人々が大勢 並んでいました。私も最後のストリッペン・カーテ(回数券)を消費すべく、 バスで駅に戻りました。15枚綴りの回数券をすべて使い終えて、今回の旅を終える ことができて、大いに満足しました。 (だんだんオランダ的に締り屋の感覚が 発達してきました。) ちなみにケルン-ロッテルダム往復切符は、70ユーロ(約12,000円)、ホテル 代が、20,000円ほど、その他食費、入場料を合わせて、4万円は超えなかった と思います。 2007年 06月 11日
アムステルダムがオランダで一番大きい町だとすると、ロッテルダム(Rotterdam)
は二番目と聞いていたので、一度行ってみたいと思っていた。 本当は、北部のさびれた所に行きたかったのだが、列車の接続を調べてみたら、 一時間に一本とか二時間に一本とか、週末は運休の可能性があるとか・・・、 心細い情報しか得られなかったので、 ええぃ! たまには、大都会の空気を吸ってみようと考えたのだ。 ライン川の終点、私の引越し荷持が陸揚げされた港町なら、うまい魚料理などが ひょっとして口にできるかもしれない、というかすかな期待もあった。 あれこれ寄り道をしたが、夕刻には、ロッテルダム駅に到着。 ![]() わぁ~たまげた!ケルンの田舎じゃ見られない摩天楼に心臓がドキドキ。 ホテルまでぶらぶらと歩いていくと、な、なんだ。赤い山が目の前に。 一応、ロッテルダム風、花壇といおうか、生花のオブジェですね。ひどい趣味ねえ。 ![]() ![]() 翌日、地下鉄に乗ってあちこち歩いてみた。Blaak駅前に、変な形のアパートが あるというから行ってみた。普通の人の住居らしい。こんな建物に住んでくつろげる のだろうかねぇ。 こういう奇抜なもの、新しいもの、何でも吸収するエネルギーがあるのね。 電車の中や町でもいろいろな民族を見かけた。アジア人、アフリカ系、イスラム系 の人も多かった。新宿あたりにありそうな雑多なものを売る店やファーストフード の店などがひしめいている。こういう猥雑な町並みの中に身をおいていると、妙に 気分が落ち着くのだった。日本のわが街の商店街みたいでね。 ![]() 昼すぎに地下鉄で西のはずれのDelfshavenという17世紀の港の面影が残っている 地区を散歩した。どこかでお腹ごしらえをと思って入った居酒屋兼食堂。 ![]() 魚と麦のしゃれた装飾 が施されたガラス窓に 惹かれて、ブイヤベース ぐらいは出す のかと思ったら、 ツナ・サンドイッチか サーモン・サンドイッチ しかできないと言う。 な、何だ?? これじゃ、ケルンと 変わらないじゃ ないかっ! 2007年 06月 10日
一人旅では、好きなところで途中下車して美術館に立ち寄ったり、気ままに
できてよい。tamayamがいくぶん旅慣れてきたから可能なことだろうが、 ドイツでよりオランダのほうが、英語が通じる点でありがたい。 駅構内のTicket & Serviceという窓口で、15枚綴りのストリッペン・カーテ (全国共通、市電、バス、地下鉄で使える回数券)と、市内の地図を購入。 (二つで7ユーロ 約1200円) 公園のベンチで地図をぼんやり見ていたら、 ハーグから、デルフトは、非常に近いことがわかった。 それで、急にまた、予定変更。ロッテルダムに行く前に、デルフト(Delft)に 立ち寄ることにした。 デルフトは、デルフト焼きという白と藍の陶器で有名なところだが、 あのフェルメ―ルの“デルフトの眺望”という大作を、以前にハーグのマウリッツ 美術館で観て以来、どういう町なのか、行ってみたいと思っていた。 映画「真珠の耳飾の少女」の映画のイメージもあって・・・。 ![]() ハーグから鈍行で20分ぐらい。たしかに運河に囲まれたいい町だった。 運河には、白い睡蓮が咲きこぼれ、運河にかかる橋を往来する人々の姿が水面に 映り、その脇をカモがゆったりと泳いでいるような風情のある町だ。 新教会から一つ北側の運河沿いの通りにフェルメール・センターという記念館が できていたし、旧教会のフェルメールが埋葬されていると考えられている場所には、画架と 花束が捧げられていた。フェルメール・ファンも訪れるのだろう。 ![]() その旧教会へ行く前に新教会のほうへ行ったのだが、その教会は、 オラニエ公ヴィレムⅠ世(英語オレンジ公ウィリアムWillem, Prins van Oranje 1533-1584)が埋葬されている堂々とした教会だった。売店で買ったパンフレットによると、この王様は、もともとドイツ人。スペインの圧制に苦しめられていたオランダを解放し、 人々に望まれて初代の王様として君臨された方とか。 今のベアトリックス女王の先祖に当る。その王様は、1584年にデルフトの寓居で凶弾に 倒れ落命。沈黙王というあだ名があるぐらいだから、静かで考え深く、質素な方だった らしい。 ここデルフトを特に好まれて、オラニエ家の墓所もこの教会の地下にある。500年以上も 前の方なのに、今でも、人々から慕われているようで、教会の隅に据えられた王家の歴史 をたどるVTRをじっと見つめる人々の姿があった。 ![]() 私は、大理石でできた棺の上の王様の彫刻とその足元に眠る(おそらく、殉死した)愛犬 の瞳が印象に残ったので、そっとカメラに収めた。 2007年 06月 10日
7日(木)は、カトリックの祝日で休みだったので、オランダのライデンへ
行った。ライデンは、アムステルダムから少し南下した位置にあり、ケルンから 列車で3時間半ばかり。翌日、オランダ第二の都市、ロッテルダムへ行くつもりで 電車にのったら、ハーグ(こちらでは、冠詞がついて、Den Haag)止まりだった ので、ちょっとこの町に立ち寄って、エッシャー美術館に行ってみようかと考えた。 ![]() ガイドブックに11時から、と書いてあったので、時間はゆうにある。駅まえの公園を ぶらぶらしながら、ビネンホフ(議事堂などがある敷地)あたりまで行ったが、目指す 美術館がよくわからない。人に聞いてもよくわからない。あきらめかけたところで、 街頭の表示にEscher in Het Paleisこちら、という矢印が見えた。それに従っていくと、 どんどん王宮公園の敷地のほうへ向かっていく。辺りは、立派なお屋敷街。散歩の人に 聞いても、住所はこの辺りですが、そんな美術館があったかな・・・と心もとない。 しばらく行くと、大きな美術品らしいパネルが出てきて、その向こうの古色蒼然とした お屋敷の前にEscherの赤い文字が読めた。ここだ! ![]() 着いたとき、ちょど11時だったので、1時間も遠回りして探し歩いたことになる。 なんのことはない、駅前の公園から10分ほどのところだった。何しろ王宮公園の一部 なので、住所表示がしっかりしていないし、エッシャー自身がオランダ人には、あまり 知られていないのかも知れない。あとで、売店の人に聞いたら、パレス(王宮)の美術館 はどこ、と聞けば一発でわかったのにと言われた。美術館のサイトの左の扉をたたくと 彼の世界に出会える。 この建物は、まことに豪華な内装で、今のベアトリックス女王の曾祖母エマ女王が晩年 住まわれていたお屋敷だそうだ。 エッシャーはご存知の方はご存知だろうが、だまし絵と言おうか、動物など自然界の ものが、だんだん進化(?)して別の生き物に姿に変化していくような不思議な絵を描く グラフィック・ディザイナー。いまの時代なら、コンピュータ・グラフィックでこうした 図形を描くのはわけないだろうが、エッシャーの時代には、木版でパーツをノミで彫って 作った。まるで、浮世絵師のような制作工程なのだった。 私は、ガイドブックで読むまで、彼がオランダ人であることを知らなかった。 エッシャーの不思議な世界は、若いときから好きで、私の自然観察癖に少なからず影響を 及ぼしたかもしれない。途中下車して、ここでエッシャーに会え、すこぶる満足の午前 を過ごした。 M.C.Escher (1898- 1972) 2007年 06月 06日
ライン下りという有名な観光ルートがあって、その沿岸にリューデスハイム(Ruedesheim)という町がある。つぐみ横丁(Drosselgasse)という狭い通りがとくに有名で、ツグミの紋章のついた居酒屋などがひしめいている。ドイツ旅行で来られた方も多いだろう。
ここに一泊したとき、ツグミ(Drossel)という単語を覚えた。それ以来、なんとなくロマンティックな鳥のイメージを持っていたが、最近、ツグミが私の仕事場の窓辺に来るように なった。 独語 Wacholderdrossel スズメ目ツグミ科 ![]() 実際に見てみると、私の勝手な思い込みに反して、非常に攻撃的な鳥だった。 窓辺にやってくるリスやシジュウガラを見れば、鋭いくちばしを向けて襲ってくる。 だからと言って、窓辺においたパンくずを掠めるわけではない。 おそらく近くのポプラの梢に巣があって、卵かヒナを狙うリスが攻撃対象なのだろうと、 こちらの人は言っていた。この時期、母鳥を守ろうとオス鳥は、非常に攻撃的になる。 リスは、一見可愛らしい顔をしているが、齧歯類(げっしるい)の仲間。 クルミを硬い殻を歯でかじるほどの強い歯を持つ。草食かと思っていたが、卵を盗るの だろうか。ツグミはハトより小さく、茶色と灰色の羽を持つ。西洋ニワトコの木に 止まって攻撃のタイミングを狙っている。どうだ、このするどい目。 ああ、自然界のことはよくわからないことばかりだ。 ![]() Vogel-kirsche( 鳥が食べるサクランボウ) tamayamは、Blog仲間のBantelner さんに、tama母さま~と呼ばれている。 自称32歳のBantelnerさんが、母と思うのは当然。苦しゅうないぞ~。 しかし、6月4日を機に、tama母さま~改め、tamaばあさま~になった。 娘に赤ちゃんが生まれたのだ。tamaばあさま~も、苦しゅうないぞ~。 どんな子供も、親やまわりの者がはらはら見守る中で、何時間もの陣痛の末に 生まれてくる。その苦しみはお産が終われば、記憶が薄れるが(忘れるからこそ、 何度も出産が可能なのだが)生命の誕生は、 どのケースも特別で、神秘さに 満ちている。 こういうときには、ヒトは頭を垂れて祈るしかないのである。 2007年 06月 03日
Blog仲間のnick-1さんが、個人のお宅にたくさん生えているクマガイ草を
ご紹介くださった。自然環境では絶滅してしまったものか、とても貴重な 山野草であるということだ。ドイツでも、植物園でしか見たことがないが、 私も個人宅のお庭で群生している姿を見て、おお、と感動した覚えがある。 ![]() 下の部分が風船の ようにふくらんでいて、 背後の二枚の花びらが 中心を守るように かぶさっている。 クマガイソウは、 源平合戦の 熊谷直実 (くまがい なおざね 1141-1208) から来ている。 熊谷直実は、一谷の合戦(1181年)で破れた平家の残党を追いつめ、ついに女装姿の 平敦盛(たいらの あつもり)を発見。 平家の根を絶つためには、敦盛を討ち取らねばならぬ・・・。 まだ、幼さの残る敦盛は、そのとき16歳。平家はそこで滅んだ。その熊谷なのです。 この故事にちなむアツモリソウというよく似たランがあるが、同じ科の別属のようだ。 ラン科クマガイソウ属 Cypripedium japonicum (日本原産?) その当時の武将は、背後からの矢を防ぐために母衣(ほろ)という布を背中に 負っていたらしい。背後の二枚の花びらを母衣に見立てたようだ。 ドイツ語では、Frauenschuhe (英語: lady’s slipper) 女人の靴 という名。 真ん中のふくらんだ部分を靴に見立てたのですね。よく見れば、なかなか色っぽい 名前。 ![]() 女性に関する花の命名で、おもしろいと感じるのは、三色スミレ。これは、 Stiefmuetterchen(まま母)という名で、なんとなく、小うるさく、意地が悪そうな 中年女性の顔を連想させる。独日の発想の違いは、おもしろいですね。 先日、ツェレという町に早朝降り立って、公園を通って旧市街に行ったのだが、 花壇のパンジーが一斉にこちらを見ているようで、ドキッとした。 (別に悪いことをしていたわけではないのですが、公園にひと気が無く、 だれかに会ったら怖いなあと思いながら歩いていたので。) どうです? 意地悪なおばさんに、ジロッとにらまれているように見えませんか。 クマガイソウもパンジーも、なぜか、一斉に同じ方向を向く性質があるようだ。
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