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2007年 01月 06日
熱海の市役所から山のほうへ登っていくと、間けつ泉が噴出す岩場があって、
大湯間けつ泉と書いてある。岩場の中にオールコックという外国人の名が見える。 オールコックの名を初めて聞いたのは、南半球ニュージーランド、ロトルア(Rotorua) という温泉町で。 ある人にgeyserというのは、日本語で何というのかと聞かれた。 間けつ泉という日本語が辞書に出ていたが、私自身がその日本語がよくわからなかった ので、どんなもの? と聞いてその場所を案内してもらった。 そして、言葉と実物が初めていっしょになった。 ロトルアの間けつ泉は10メートルを越す迫力満点のもの。 彼女によると、高校で日本語を習ったとき、教科書に載っていた話の中に、オールコック と犬の話があり、そこで、富士山、犬、温泉・・・といった日本語を覚えたという。 彼女の日本語力と私の英語力とで会話をするものだから、話の筋が判然としなかった。 さて、前回の記事でご紹介した干物の並んでいる路地の前方に、大湯間けつ泉がある。 そこでPoor Toby(可哀そうなトビー)と刻まれた小さな犬の墓碑を見て、 あのロトルアの話が急に記憶のかなたから浮かび上がってきたのだ。 オールコック(Rutherford Alcock 1809-1897)は、幕末、高輪・東禅寺にあった 英国総領事館に公使として赴任していた。初めて富士登山をした外国人として有名だ そうだが、登山の後に立ち寄った熱海が非常に気に入り、2週間滞在した。悲劇は そのとき起こった。スコッチテリア犬のトビーが噴出してきた間けつ泉を浴びて、死んで しまうという悲劇に見舞われたのだ。 愛犬の死を嘆くオールコックに、町の人は同情し、墓を建て、手厚く弔ったという。 その後起こった生麦事件、英国領事館襲撃事件などで、英国と日本の関係が冷え込み そうになったとき、オールコックは、「日本を敵視すべきではない。 その国民はまことに親切なのだ」と本国に報告し、一触即発の危機を回避したという。 ロトルアの高校生が知っているというこのエピソードを、私が聞いてからもう10年近く経つ。 やっと話の筋が判明した。彼女は今でも時おりガイドのアルバイトをしているだろうか。 日本人観光客にこの話をぜひしたいと目を輝かせていたが、話がうまく伝わっただろうか。 当の日本人が幕末のころの歴史に関心がなければ、熱心に耳を傾けないのではないか なぁとも考える。 大湯間けつ泉の前の小高い丘は、湯前神社の境内になっており、子どものころ熱海で 育った家人にとって、格好の遊び場であったという。横道に入ると、昔の屋敷跡が 更地になっており、石造りの蔵だけがツタが絡まったまま時が止まったように建って いた。 上の写真は極楽鳥花。本当に鳥のような姿。 PS) NED-WLTさんのサイトで、西 周(にし あまね)という幕末時期の学者について 興味深い記事を読んだ。引用されていたキリンビールのサイト「麦酒を愛した近代 日本の人々~ビール文化創世記」のオールコックの記述は説明が行き届いている。 こちらからどうぞ。キリンビールのサイト
by tamayam
| 2007-01-06 16:12
| たび
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